【さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー】第05回・都通りア・ラ・カルト

 月刊財界さっぽろ2020年12月号より、新連載「さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー」が始まりました。

 筆者は札幌市の出版社「亜璃西社」社長でエッセイストの和田由美さん(写真)です。和田さんはこれまで「和田由美の札幌この味が好きッ!」といったグルメガイドブックや「さっぽろ狸小路グラフィティー」「ほっかいどう映画館グラフィティー」といった、新聞・雑誌等のエッセイをまとめた書籍を多数刊行されています。

 今回の連載では、札幌市内の「通り(ストリート)」や「区画」「商店街」「エリア」などの「マチナカ」(賑わいのある場所)を、毎月1カ所ピックアップ。その場所について、名前の由来や繁華街となっていく上での経緯、さらに現在に至るまでの変遷といった歴史と記憶を綴ります。

 今回は第5回「都通りア・ラ・カルト」です。

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1986(昭和61)年の都通り(さっぽろ文庫87「すすきの」より) ©財界さっぽろ

 その昔、一等小路と呼ばれた「都通り」は、南3条と4条の仲通り西2~4丁目の間を指す。西3丁目の南向きに建つ克美ビル4階には、カクテルバーの草分け「BARやまざき」、2階にはおでんの老舗「小春」が入居。やまざきの初代マスター山崎達郎さんは生前「同じビル内にある小春の名物ママ(小野寺小春さん)は、僕より2カ月お姉さんなんです」とにこやかに語ってくれたものだ。

 格子柄のチョッキが良く似合い、かくしゃくとしてカウンター内に立つ山崎さんは、英国紳士のようにダンディーだった。晩年は日本最高齢のバーテンダーと称され、2016年に96歳で逝去された。

 それより5年前、小春のママも亡くなる前日の午後9時まで店を手伝い、翌朝、自宅で眠るように息を引き取っていたそうだ。その日まで働くというのは、私の理想でもある。

 旧HBC三条ビルや恵愛ビルなど、今も有名ビルがひしめく都通りは、かつて一等小路らしく料亭、置屋、見番の並ぶ花街で、札幌の大商人や官員さんたちが上客だった。二等小路は薄野銀座通り(南4条と5条の仲通り)で、勤め人相手の飲食街。三等小路は新宿通り(南5条と6条の仲通り)を指し、ランクひとつ下で女郎屋などがあったと記されている。

 戦前もススキノ歓楽街の中心だったが、戦後は3丁目に大きな共同ゴミ捨て場が設けられ、野良犬やネズミのせいでゴミが散乱し、“文化都市を誇る幌都の面汚し”となっていた。そこで1953年(昭和28年)、見かねて立ち上がったのが石川物産館(恵愛ビル)の取締役支配人の吉中新次郎さん。この通りの店主たちに声をかけ「美装期成会」を設立したのが新しい都通りの始まりという。

 通りの愛称を新聞広告で公募したところ、「鴬(うぐいす)通」「錦通」「美園通」など多数の応募があり、美装期成会の役員会で投票の結果「都通」に決まった。現在のアーチ式の街路灯やゆるやかにカーブした道路は、1884年(平成6年)に完成している。

 再び記憶を辿ると、懐かしいのは西4丁目のカミヤビルにあったカクテルバー「城家」。以前は小田ビル(南4西5)にあり、マスターの三尾孝司さんは、いつもBGMにレコードを回してくれた。私のお気に入りは、ちあきなおみが昔の歌をカヴァーして唄ったアルバム『港が見える丘』(1985年)。彼女の「上海帰りのリル」「星影の小径」などを聴きながら飲むカクテルは、実に美味しかった。

 カミヤビル真向かいの第5グリーンビル4階にある酒庵「きらく」は、今も私の行きつけの酒場である。一時期、文壇バーと呼ばれたほど多くの作家が出入りした。詩人で放送作家の佐々木逸郎さん、名作『出刃』の小檜山博さん、映画「恋人たちの時刻」の原作者・寺久保友哉さん、同じ年に直木賞を競った『マドンナのごとく』の藤堂志津子さんと『エトロフ発緊急電』の佐々木譲さん。「探偵はBARにいる」の東直己さん、哲学者でベストセラー『大学教授になる方法』を書いた鷲田小彌太さんなどなど。

 初代ママは、NHK放送劇団の女優も務めた菅原澄子さん。今は鶴見優子さんが2代目を継ぎ、もうすぐ30周年を迎える。私と優子ママは、亡き寺久保さんに可愛がられたが、共通点は離婚歴と毒舌。「お口が過ぎる」といつも、寺久保さんに戒められていたもの。

 忘れられないのは、西3丁目のサンスリービル1階にあった“愛飲酒多飲”がキャッチフレーズの「江戸おでん」。昭和元年の創業で、大根が「どさ廻り」、竹輪が「出戻り」、玉子が「ストリップ」など愉快な呼び名が好評。メニュー表「馬喰草紙」を“まくらうそうし”と読ませるなど粋だった。濃い味の関東炊きにファンは多かったが、いつの間にか閉店。そこで修行した仙北晴民さんは、今もススキノの五條ビル2階「鳥好」で伝統のおでんを出す。

 3丁目にはカクテルバーの名店が多く、昨年9月に開店30周年を迎えた都ビル4階のバー「PROOF」もそのひとつ。店主の中河宏昭さんは「ドゥエルミターヂュ」の中田耀子さんと同じく、冒頭で紹介した山崎達郎さんの愛弟子の一人。先だって、ブルーのカクテルを頼むと、中川さんは腕によりをかけて「ブルームーン」を作ってくれた。 ジンベースで明るく澄んだ空のようなアザーブルーは、胸がキュンとするほど美しい。さわやかな花の香りも素敵だが、実は「完全なる愛」「叶わぬ恋」というアンビヴァレンツな二つの意味を持ち、危険な一杯でもある。

 店名は私も大好きな英国のミステリー作家ディック・フランシスの作品『証拠(PROOF)』(1984年発表)から命名された。騎手から作家に転身した彼の作品は、『本命』『度胸』『利腕』など、菊地光さんの名訳のお陰もあってどれも面白く、夢中になって読んだもの。

 酒と本とグルメに耽溺した日々が、今は懐かしい。

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