【さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー】第04回・狸小路10丁目物語

 月刊財界さっぽろ2020年12月号より、新連載「さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー」が始まりました。

 筆者は札幌市の出版社「亜璃西社」社長でエッセイストの和田由美さん(写真)です。和田さんはこれまで「和田由美の札幌この味が好きッ!」といったグルメガイドブックや「さっぽろ狸小路グラフィティー」「ほっかいどう映画館グラフィティー」といった、新聞・雑誌等のエッセイをまとめた書籍を多数刊行されています。

 今回の連載では、札幌市内の「通り(ストリート)」や「区画」「商店街」「エリア」などの「マチナカ」(賑わいのある場所)を、毎月1カ所ピックアップ。その場所について、名前の由来や繁華街となっていく上での経緯、さらに現在に至るまでの変遷といった歴史と記憶を綴ります。

 今回は第4回「狸小路10丁目物語」です。

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 狸小路10丁目のランドマークともいえる大衆酒場「金富士酒場支店」が、昨年11月15日に閉店した。また一つ、老舗の酒場が姿を消し、通い詰めていた常連客からため息が漏れる。

 この店は、店主・荻野栄さんの伯父が、ススキノで1953年(昭和28)に開いた「金富士酒場」がルーツ。当時、東屯田通と行啓通の交差点近くに「金富士」という銘柄の酒造メーカーがあり、その直営店だったことから命名された。荻野さんは、そこを手伝った後、68年に独立して狸小路10丁目で開店。妻の慶子さんと「あ・うん」の呼吸で店を切り盛りしてきた。

 日本酒を頼むと、銚子3本まではツマミ付き。1本目はサイの目切りの天ぷらカマボコ、2本目は角砂糖サイズの冷奴、そして3本目は浅漬けが少し。それが名物だった。しかも昔(1980年代)は、銚子190円、焼鳥5本250円前後という低料金。それだけに焼き鳥を頼まず酒だけ頼むと、荻野さんのカミナリが落ちた。その洗礼を受けた人は数えきれない。

 しかし、取材で知り合った私にはなぜか優しく対応してくれた。かつて近くにあった新聞社(北海タイムス)の社員たち御用達の店でもあり、中には代金を払わずトイレの窓から飲み逃げした人が居たという。

 物好きな私は、現場を見せてもらったことがある。意外に小さなトイレで窓も小さく、よくここから逃げられたと思うほど狭い。が、荻野さんは即座に「小柄な人でした。翌日支払ってくれたので、飲み逃げではありません」と話していたものだ。

 お客さんとはよくモメていたようだが、慶子さんによると「耳が悪いので、聴こえなくて諍いになることも多かったんです」。

 新聞社の人たちはとにかく通い詰めたらしく、左隣にあった煮込みの美味しい「玉屋」(現・たまや)と共に、「金」「玉」コースと呼ばれていたそう。「『今日は“金”にするか、“玉”にするか』と、夕方になるとデカイ声が近くのビルにコダマした―」と教えてくれたのは、北海タイムスの論説委員を務めた今は亡き宮内令子さん。「よくもバラしたわね」と叱られるかもしれないが、もう時効だろうから許して欲しい。

元は旅館という建物の1階にあった焼き鳥の老舗「金富士酒場支店」。惜しまれつつ閉店した ©財界さっぽろ

 荻野さんは、昨年9月に店の前で転倒して休業。再開予定の張り紙も見かけたが、コロナ禍の影響もあり営業再開を断念したという。毎朝5時から手作業で焼き鳥の串を打ち、昼頃には自宅へ戻って昼寝をしていた荻野さんだから、体力の限界もあったはず。お疲れ様でした。

 その金富士酒場の真向かいが、黄昏どきから賑わう「ひょうたん横丁」。ここは1949年頃、小路の両側に飲食店が軒を並べ始めたので、名前をつけることになった。

 そこで、小路に住む大工の小川原正樹さんの妻・きみさんが、ひょうたんは“末広がりで縁起が良い”ことから「ひょうたん小路」と命名したそう。今は右側が駐車場となり、片側しか無いので“横丁”と呼ばれる。昔は右側に「ひょうたん」という名の居酒屋もあり、カラオケで盛り上がる店だったことが思い出される。

 横丁の中ほどに少し前まで、氷の入らないハイボールを出す「粉雪亭」という素敵なネーミングのバーがあった。真冬は積もった雪で引き戸を開けるのが大変で、足を踏み入れると極度に暗い照明に驚かされる。

 が、目を凝らすと、L字形カウンターの左手に色鮮やかなステンドグラスを嵌め込んだスイングドア、奥には季節の花が大胆に飾られた花瓶など、まるで映画のセットのようにオシャレ。

 長い黒髪がトレードマークの店主・工藤聡代さんは、かつて映画会社の美術スタッフとして活躍した。「いつか映画のロケセットに使われて欲しい」と私は願っていたが、病に斃れ、昨秋亡くなってしまった。

 その手前に、行きつけのスナック「出逢い」があり、カラオケの上手なママが居た。私の下手な歌をどれだけ聞いてもらったかわからない。が、コロナ禍の影響か、この店も今年1月に閉店した。

 路地裏や場末にひっそりと佇む酒場を愛してきたが、今や大都会となった札幌の都心部に、こうした空間はめっきり少なくなった。“平成も遠くなりにけり”を、実感させられている。

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