【全文掲載】デアリングタクト・岡田牧雄×コントレイル・前田幸治、無敗2冠馬豪華対談80分(後編)
ゴーグルを外した福永祐一騎手は、喜びとはまた違う安堵の表情を浮かべた。笑顔を見せたのは、引き馬をする厩務員に讃えられたその後だった――。
10月25日、京都競馬場でおこなわれた第81回菊花賞に勝利し、15年振り史上3頭目の無敗での牡馬3冠馬となった「コントレイル」。先週18日同じく無敗で牝馬3冠に輝いた「デアリングタクト」とともに、日高の牧場で生産された馬ということで、馬産地は今年、大いに沸いている。
月刊財界さっぽろ2020年8月号には、デアリングタクトを1歳時のセールで購入、その素質を見出した「岡田スタッド」代表の岡田牧雄氏と、コントレイルを所有する「ノースヒルズ」代表の前田幸治氏が登場。80分におよぶ対談は、これまでのレース秘話や馬づくりへの情熱が飛び出す貴重な時間となった。
以下、誌面掲載された対談の全文を前後編に分けて公開する。今回はコントレイルについての話や、それぞれの馬づくりの考え方などを語った後半部分を紹介する。なお本文は、6月20日の対談収録時現在の内容だ。
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矢作調教師が「遊んで走っている」
前田 お兄様の岡田繁幸さんとはお付き合いさせていただいているのですが、牧雄さんときちんとお話しするのは今回が初めて。以前からお会いしたかったので、このような機会をいただき、あらためて大変光栄に思います。
岡田 そう言っていただき恐縮いたします。それにしても、ノースヒルズの馬は、今年走りすぎですよ(笑)
前田 こちらこそ、そう言っていただき光栄です。私が新冠に120町歩の土地を購入して牧場を始めたのは36年前のことです。生産に関して全くの素人でしたから、最初の10年は失敗続きで「もうやめようかな」と思ったこともありました。
転機は24年前。牧場運営のすべてを学ぶため、米国からコンサルタントに来てもらうようになりました。飼料のことや馬の曳き方など一からすべてです。今も彼は年4回来ていますし、他にも土壌専門や歯科医、英国からは世界中の種牡馬を把握した血統配合のスペシャリストも招き、その道のプロに学んでいます。
岡田 前田代表は海外からいい牝馬を買ってきます。コントレイルのお母さんも、現役時代は未勝利でしたが、繁殖にしようと思って買ってきたと思います。血統のいい馬を集めていますから、かなわないです。
前田 生産牧場にとって、繁殖牝馬は宝ですからね。ところで、コントレイルのことはどう見ておられますか。
岡田 以前、グリーンチャンネルでこの30年間のGⅠ馬たちのパドック映像の解説を頼まれたことがあって。その時にも言いましたが、コントレイル、ディープインパクト、サイレンススズカ、アーモンドアイは、走り方、飛節の強さ、馬体のつくりが似ています。血統背景も含めてです。
前田 繁幸さんも、昨年末に電話をくださって「コントレイルはディープとそっくり」とおっしゃっていました。
岡田 先ほどあげた4頭の中で、コントレイルの馬体が一番緩い。これは恐ろしいことで、4歳、5歳になったらどんな馬になるのだろうと。どんだけ走るのかという、怖さを感じます。
前田 福永祐一騎手も、矢作芳人調教師も、「まだ遊びながら走っています」と言っていました。
岡田 本当にそう見えるんです。手前を替えるのも早くて、しかも何度も替える。そして替えた瞬間にピュッと伸びる。瞬発力が違います。
琴欧洲が送った飛行機雲の動画
――コントレイルは牧場にいた頃から、目立つ馬だったのですか。
前田 よく聞かれるのですが、確かに品があってキレイな馬でしたけど、キズナのような威圧感のあるオーラはなかったです。
岡田 キズナはどちらかといえばパワー型ですよね。ヨーロッパの馬場に合うのかもしれません。5月31日の日本ダービーは、左うちわで見ていられたでしょう(笑)
前田 いえいえ、とんでもない。そんな余裕なんてなかったですよ。
ただ、ダービー2日前にブルーインパルスが医療従事者に感謝の飛行をしましたよね。コントレイル(飛行機雲)という馬名は、牧場のスタッフや本業の社員たちが出している馬名候補に挙がっていて、「見た人の夢を叶える」というのがいいな、と思って名付けました。
東京スカイツリー上空に力強く飛行機雲が描かれる動画を、鳴戸親方(元琴欧洲)が送ってくれたのですが、これがコントレイルへのエールのように思えてとても嬉しかったです。
『ダービーは最も強運の馬が勝つ』と言われますが、われわれへの吉兆のように思えました。

――ダービーはキズナ、ワンアンドオンリーで連覇しています。
前田 過去の2回とは、また違う緊張がありました。無敗で挑むダービーは初めてでしたから。
――コントレイルの秋以降のローテーションをお聞かせいただければ。
前田 秋は神戸新聞杯から菊花賞を目指します。その後は、馬の様子次第ですがジャパンカップに挑戦したいです。東京の馬場はコントレイルに合っていると思いますので。その先は、馬の状態を最優先にして、調教師やスタッフたちとよく相談していくつもりです。
岡田 中山のコースはトリッキーですよね。皐月賞も普通なら負けパターンでした。でも、最後の直線でサリオスに並ばれた時、絶対に交わされないという姿勢がみられました。

夢の無敗3冠馬同士の配合が実現?
前田 牧雄さん、一度、大山の育成施設を見に来てください。鳥取県の米子空港から30、40分です。
岡田 私の子どもたちは何度もうかがっています。ぜひ、見学させていただきたい。
前田 育成場の土地は8万5000坪あり、坂路800㍍で馬場につないでます。標高300㍍で、人間と同じで高地の方が心肺機能が鍛えられます。
――育成施設の重要性は、年々増していますか。
岡田 ノーザンファームの馬が走るのも、育成施設がしっかりしているから。
前田 外厩からトレセンに戻って、レースに出走するまでの日数が最短では10日です。育成施設での調整が上手くできていなければ、レースで結果を出せません。大山ではトレセンよりリラックスして馬が過ごしていますし、メンタル面でもよい切り替えになっていると思います。
岡田 日本の育成技術は、ノーザンファームとノースヒルズがずばぬけてけていますよね。私は馬券を買うことを使命にしています。パドックをみていて、安心して休み明けでも、馬券を買えるのは、この2つの牧場です。
前田 褒めていただきありがとうございます。ですが、私は最近はあまり馬券を買わなくなりました。当てるのは難しいです。自分の馬が走るレースならなおのこと、つい身贔屓になりがちで。儲からないけど損をしないためには、馬券を買わないこと(笑)。牧雄さんはいかがですか?
岡田 ……。私は朝から全レースを買っています。すべてパドックを見て判断しています。
前田 収支のほどは、いかがです?
岡田 損はしないです。お金うんぬんではなく、馬を見る勉強だと思っていますので。買わないとレースに集中しない、という意味合いもありますね。

前田 なるほど。ところで、デアリングタクトは日本で繁殖するのですか?
岡田 もちろんその予定です。
前田 ウチは外国へ連れていくことも多いです。種牡馬の選択肢が広がりますから。
岡田 日本はサンデー系ばかりですからね。
前田 現在、米国に4頭、英国に3頭の繁殖牝馬を繋養していて、今年もDubawiやFrankelの仔が誕生しています。
岡田 デアリングタクトにはコントレイルをつけられると思います。そうなれば話題にもなるし、楽しみがますます広がりますよね。
モーリス産駒は2歳の活躍が難しい
岡田 実は私にとって前田代表と聞いて、忘れられないことがあります。東日本大震災の後、前田さんは2000万円ずつ5年間、個人で寄付されていましたよね。1年はできたとしても、続けることは難しいでしょう。
前田 福島県と福島市に、それぞれ1000万円ずつ5年間させていただきました。競馬場もありますし、古くから馬と共にある土地ですから。
岡田 そうした中、13年にキズナがダービーを制した。キズナっていう名前がいいですよね。
前田 東日本大震災の直後、トランセンドがドバイWCに出走しました。そこで世界中の人から励まされ、「絆」という言葉が深く心に響いたんです。そのときに、世代の一番に「キズナ」とつけようと決めました。
岡田 それでダービーを勝ってしまうのだから。鞍上は武豊騎手で、これ以上絵になるシーンはありませんでした。
前田 大観衆の“ユタカコール”や、「僕は帰ってきました」という言葉にも感動しました。
岡田 キズナ産駒は重賞を6勝していますが、すべて日高の生産馬です。繁殖の相手が日高の方が走っています。キズナは将来、日本のリーディングサイヤーになりますよ。
前田 新種牡馬のドゥラメンテとモーリスはどうみていますか。
岡田 両方とも2歳から活躍する種馬ではないと思っています。いまの段階で、どうこういえる状況ではありませんね。モーリスは転厩して、古馬になってから走ったし、ドゥラメンテもあの脚の長い馬が、2歳戦のスピード競馬に間に合うとは思えません。3、4歳になれば頭角を現してくるのではないでしょうか。
――海外競馬についてはどう見ていますか。日本馬の凱旋門賞制覇まで、あと一歩のところまできています。
前田 長期滞在をして挑めば、勝機はもっと上がると思います。水や空気、馬場や調教施設などすべての環境に慣れることが大切だと思います。馬のレベル自体は、もう世界と遜色がないと思っています。
岡田 日本の馬のレベルは世界一です。すべてサンデーサイレンスのおかげなんです。種馬一頭で勢力図のすべてが変わってしまいます。
ニュージーランドの田舎の牧場がサートリストラムをアイルランドから輸入したことで、オセアニアを制圧しました。カナダのエドワード・プランケット・テイラーが、ノーザンダンサー一頭で世界を席巻しました。前田代表、ぜひともコントレイルを大切にしてください。
前田 ありがとうございます。繁殖の血統や種付頭数をしっかりと精査して、世界から花嫁候補がくるようになると嬉しいですね。
岡田 コントレイルが種馬になるときは、ノースヒルズでスタリオンをつくった方がいいですよ(笑)
前田 実は競馬は、生産馬が未勝利を勝った時が一番うれしいかもしれない。
岡田 3歳夏までに1勝すればJRAに残ることができますから。
昔は3割勝てると言われていました。以前は1世代当たり3500~3600頭しか入厩できませんでしたが、いまは5000頭に増えました。単純計算で2割5分勝てばいいほうです。
前田 一世代の所有頭数は70頭前後です。50頭が生産馬、20頭は国内・海外セリで購入するといった割合です。今のところ半分が勝ち上がってくれました。1頭でも多く勝利してほしいというのは、生産者皆が切実に願うことですね。

目指すはシャネルのオーナー兄弟
――前田代表はオーナーブリーダーで、競馬の王道を歩んでおられます。
前田 オーナーブリーダーはまず、本業がしっかりしていなければ難しいと思います。
岡田 過去の歴史で、いくつもの実業家がオーナーブリーダーを目指しましたが、残っているのはノースヒルズだけかもしれません。
前田 繁殖牝馬や施設など、投資に終わりがありませんから。
岡田 それをやめてしまうと、馬も走らなくなるんです。プラス思考で規模も拡大しないといけないし、繁殖の入れ替えも必要です。とにかく前に進み続けないと。ここでいいやと足踏みすれば、終わってしまいます。そのエネルギーをオーナーが持ち続けられるのか。ここが前田代表のすごいところだと思います。
前田 本業でもノースヒルズでも同じなのですが、「現状維持」は結果的に「後退」だと思うんです。時代もライバルたちもどんどん先に進むのに、自分たちが立ち止まっていたら置いていかれるだけです。
本業の会社の経営理念は「進化と変革」、ノースヒルズのモットーは「チャレンジング・スピリット」です。この気持ちを絶対に忘れないようにと誓っています。
岡田 どのくらい重賞を勝たれたのですか。
前田 中央、交流、海外レースを含めて、重賞は157勝、GⅠは34勝です。生産馬でGⅠホースとなったのは11頭です。
岡田 ダービーも3勝していますから。
前田 大変ありがたいことです。ぜひともこの歴史を繋げていきたいと思っています。シャネルのオーナーとしても知られるヴェルテメール家のように、親から子、孫へと代々受け継がれていくオーナーブリーダーとして競馬に携わっていくことが、私の夢でもあります。
岡田 そのためには、馬が好きだということが一番大切になりますね。
前田 親子でダービーを4勝されている谷水雄三さんに、「子供に競馬をさせるなら、小さいうちから慣れ親しむようにしなさい」とご助言をいただきました。
幸い、2人の息子たちは競馬が大好きなので、その点は安心しています。これからもっと学んで、生産者としても馬主としても、真のホースマンへと育ってほしいと願っています。
――春のGⅠは新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、無観客で実施されました。
前田 無観客とはいえ、開催を維持し続けてくださっていることに感謝しています。でなければ、無敗の牡馬・牝馬の2冠馬は誕生していません。ですが、やはり正直なところ競馬場で観戦できないのは、とても寂しいです。
岡田 やはりレースは、競馬場で見るのが一番ですから。
前田 大観衆の前でレースをして、大歓声に包まれて3冠が達成できれば、こんなに嬉しいことはないです。コントレイルもデアリングタクトも、無事に夏を超えて、秋には最高のパフォーマンスを皆さんにライブで見てもらえるように願っています。
岡田 レースを見て、ファンが喜んでくれるのが一番です。競馬場で声援を送ってもらえたらありがたいです。
――本日はお忙しいところ、ありがとうございました。
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