札幌在住作家・まさきとしか「最後の一滴を絞り集めて人を描く」
本誌2月号の2021年道内文庫本売り上げランキング(コーチャンフォー調べ)において1位を獲得したミステリー『あの日、君は何をした』(小学館文庫)。複雑に絡み合う事件展開や人間の本心を鋭くえぐる描写が話題を呼び、続編『彼女が最後に見たものは』と合わせて38万部を突破した。札幌市在住の著者・まさきとしかさんにデビューまでのいきさつや創作の裏話を聞く。
「これしかない」から作家の道へ
――『あの日、君は何をした』が道内文庫本ランキング1位に選ばれました。
まさき ありがとうございます。道内の書店さんには本当に感謝しています。目立つところにどーんと展開してくださったり、ポップを作ってくださったりと、全力で応援してくださる書店さんばかりで、だから読者の方にも手にとっていただけるのだと思っています。北海道に住んでいてよかったと思うのはまずそこです。
――幼少期に東京から札幌に来られたということですが、お住まいはずっと札幌でしょうか。
まさき 2歳の時に家族で札幌に来て、小中高大とこちらにいました。その後仕事で札幌と東京を行ったり来たりしましたが、生活のベースは札幌にあります。
――北海道が作品の舞台になることはあまりありません。道内出身作家の中では珍しい方では。
まさき 主に東京を舞台にするのは人が多いことと、多種多様性があるからですね。東京はさまざまな土地から人が来ていますよね。外国人や中には不法滞在者もいて、さまざまな人にさまざまな背景がある。見えない部分がたくさんあって人が雑踏に紛れやすい。そういうところがおもしろいのかなと思っています。
――札幌に暮らすことで創作に生かされている部分は。
まさき 以前、道新文化センターの創作教室に通っていた時に、講師の先生から『札幌の空気感というのは小説を書くのに向いている』と言われました。風通しがよくて開放的な空気だから何でも書ける、札幌で小説を書くのはとてもいいことだ、と。それがずっと頭にあります。自分自身が札幌にいて、これがプラスになっていると具体的に実感するのはあまりないんですけれど、先生の言葉を振り返ると、そういう空気感の中に身を置いているから書けるのかな。
札幌の風習や空気感って独特ですよね。大みそかにおせちを食べちゃうし、結婚式は会費制で合理的だし、人が何をやっているのかうるさく言わない。そういうところがもしかするといいのかも。
――作家になる前は何のお仕事をされていましたか。
まさき ずっと広告業界にいて、コピーライターとかディレクターとか、主に書く仕事をしていました。
私、書くこと以外何もできないんですよ。勉強もできないし、計算も苦手。会社員時代も転職が多くて、数カ月で辞めたことが何度もあります。毎日会社に行くのがつらくて、なんとかそれをしないで暮らしていける方法がないかと考えていました。
小学生の頃から書くことだけが平均より少し上だったので、書くことしか生きていく道はないのではないかと思って、20代の頃に創作教室に通い始めたんです。書くことに情熱を持っているとかではなく、これしかないという気持ちで。
――「これしかない」で小説を選ぶのは覚悟がなければできないですよね。
まさき 文章を書く仕事なら他にもあると思うんですけど、会社員をやっていると理不尽なことも要求されるでしょう(笑)。頑張るのが苦手なのでそれはできなかったんです。
覚悟はないですよ。だから40代の遅いデビューになったんです。もっと頑張ったら早くデビューできたかもしれない。
でも早くデビューしていたらもう書くのをやめていたかもしれません。だからちょうどよかったのかな。
――キャラクターやストーリー作成の参考になるものは。
まさき 実在の人物をモデルにしてこの人が面白いから登場させようということは考えません。自分の中のどこかの引き出しに入っている人物が勝手に出てくる感じです。普段から、事件や事故、ちょっとした出来事の背景を想像したり、SNSやインターネットに書き込んでいる人たちの心理を想像したりして、日常で目についたことや気になったことを少しずつ拾い集めている感じです。
ただ、書いているときには気付きませんが、書き終えてから誰々のエピソードをもらっていたとわかることもあります。
ストーリーに関しては、その時々で事件や出来事、光景など何か気になることがあって、そこから膨らませていくことが多いですね。10年くらい前の事件が今になってよく思い出されるということもあります。
最新作の『彼女が最後に見たものは』(小学館文庫)は、川べりで年老いたホームレスの女性が死んでいるという漠然としたイメージがずっと頭にありました。そういう光景を拾い上げて、なぜこれが気になったんだろう、ここからどのような世界を作れるんだろうと考えていきます。
小さく丸まっている紙くずをどんどん広げて、物語にしていくイメージです。
本格ミステリーを書く方だったらトリックを考えたりもっとプロットにこだわったりするでしょうけれど、私はトリックとか完全犯罪とかには全く興味がない。ただ、人を描きたいだけなんですよ。
人ってわからない。隠れている部分の方が多い。自分のことでも、自分がこんなことをする人間だと思わなかった、こんな残酷な人間だと思わなかった、衝動的な行動をする人間だと思わなかった、という場面が多々あると思います。
そういうことがよく表れるのがアクシデントに遭遇したとき。ミステリーには、事件なり事故なり象徴的な出来事があります。そういうときに普段は隠れている人間の本質が出やすいのでおもしろいんです。
あと、ミステリーなら全体を通して謎があるので、最後まで読んでもらいやすい。だからミステリーという手法を使って書いているというのもあります。
苦しくなければ書き続けられない
――今後は北海道が舞台になることもありますか。
まさき 次回作は東京と、北海道の架空の街が舞台です。函館に近い道南の街の予定です。私史上、一番救いがない物語になるかもしれません。
――1冊を書き上げるのにどれくらいかかりますか。
まさき 『あの日~』は1年以上かかっています。担当編集者さんのお誕生日にプレゼント代わりに原稿をお渡しする予定だったんですが、延びに延びて次の年の誕生日になってしまいました(笑)。『彼女が~』は4カ月くらいですね。三ツ矢と田所という主人公の刑事コンビができあがっていたので私にしては早く書けました。
私の書くものは重めの内容なので、三ツ矢と田所の掛け合いで少し緊張感が和らげばいいな、そうすると影は濃くなり、光は明るくなってメリハリがつくのかな、と思ってバディを作りました。
――読んでいて重苦しいパートがありますが、書き手としてはいかがですか。
まさき 本当にしんどいです。作家しかないと思って作家になったんですけど、まさかこんなに書き続けるのがしんどいとは。大抵のことは続けると慣れると思うんです。コツを掴んだり手を抜いたり。小説もそういうものかなと思っていたんですけど、どんどんしんどくなっていきます。
才能がある人や天才肌の人ならすらすら書けるみたいですけど、私は正反対。最後の一滴を絞り集めて出さないと一冊の本にしてもらえる物語は書けないと思っています。
「イヤミス」と言われることもありますが、自分としてはイヤミスを書いているつもりはなくて、本当は読んでくださった方に幸せとか希望を感じて欲しいのですが、どうもそうなりません。
読んでいる方が苦しく感じるシーンを書くときは、私も苦しいです。書きたくない、やめたい、とも思う。でも書くことでしか生きていけないから、書けることがありがたいな、と思います。多分、苦しくなくなったら書くのがつまらなくなっちゃうと思います。
――道内の読者へ向けて。
まさき 昔は札幌に住んでいることにメリットを感じなかったんです。東京の方が便利なので引っ越そうかなと思ったことも。でも本を書くようになってたくさん応援していただいて、本当に北海道はいいな、と思っています。そういう方の応援もあるからこそ続けていけます。
セイコーマートでホットシェフを食べて、応援してくださる書店で本を買って気分転換しながら、最後の一滴を絞り出すように書いていきます。(構成・岩井)
……この続きは本誌財界さっぽろ2022年4月号でお楽しみください。
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