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2022年

橋本聖子×勝木紀昭「札幌オリ・パラ実現は地域医療を変える!」

橋本聖子 東京2020組織委員会会長
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勝木紀昭 冬季オリンピック・パラリンピック札幌招致期成会副会長

 札幌市は2030年の冬季五輪とパラリンピック開催を目指している。招致活動の先頭を走る橋本聖子氏と勝木紀昭氏にご登場願った。オリ・パラが実現すれば、地域医療にもプラス効果が生まれるという。(取材日=2022年1月29日)

30年招致で目指すまちづくりは優しさ

 ――札幌は1972年以来、二度目の五輪開催を目指しています。お二方に当時の思い出を聞かせてください。

 勝木 札幌大会開催の10年ほど前、小学校の低学年でした。スキーやスケートを楽しむ地元の子どもの1人として、札幌市が作成したオリンピックの招致ビデオに参加しました。

 72年の本番では、運よく男子ノーマルヒルスキージャンプを、スタンドの最前列で見ることができました。

 試合では笠谷幸生選手が金、金野昭次選手が銀、青地清二選手が銅の各メダルを獲得して、日本が表彰台を独占。その瞬間、会場の宮の森シャンツェが興奮のるつぼと化したのを覚えています。表彰式が始まると、まわりの大人がみんな涙しておりました。

 30年では、私が経験したあの感動を、未来の子どもたちに味わってもらいたいです。

 橋本 私は小学校1年生でしたね。父が64年の東京五輪の聖火に感動して、私を「聖子」と名付けました。幼い頃からそうした思いを聞かされて育ちました。札幌大会の観戦チケットは手に入りませんでしたが、父は開催期間中に車で真駒内屋外競技場まで連れてきてくれました。

 聖火台が見える場所で、父から「将来、この大会に出るんだぞ」と言われました。絶対に五輪に出場すると決意した瞬間でした。

 テレビで男子ジャンプのすばらしい活躍を見ました。学校では「笠谷ごっこ」と称して、布団や雪の中にジャンプのまねをして飛び込む遊びがはやっていました。

 私はスピードスケートを始めていたので、鈴木惠一選手に注目していました。必ず金メダルを取ると思ってレースを見ていたのですが、コーナーで手をついてしまうのです。その姿が子供ながらにかっこよくて……それから練習でコーナーの頂点で手をつくまねをして、先生によく怒られていました。

 ――30年の札幌オリンピック・パラリンピックの開催概要計画が発表されました。「持続可能な大会」をテーマに掲げています。

 橋本 オリ・パラはアスリートにとって世界最高峰の舞台です。誇りを持って望むからこそ、多くの人たちが感動や勇気をもらうのではないでしょうか。

 オリ・パラは開催都市やその国が試されます。これくらい世界が注目するイベントはありませんから。それだけリスクも伴いますが、能力がある都市や国でなければ、それを担うのは無理です。あわせて、能力のある都市は、リスクをチャンスに変えられます。そうした意味で、北海道・札幌はオリ・パラ開催にふさわしい地域と言えます。

 オリ・パラは、文化・芸術、教育、科学、医療などのすべての分野を融合させる力を持っています。横串を入れる形で一つの大きな輪にならないと成功には導けません。これがほかの世界大会とは異なる点です。

 勝木 私の会社(北海道エネルギー)の営業網は道内全域です。オリ・パラ招致も同じ感覚で、北海道の地域経済の活性化がベースにあります。

「北の大地」の魅力は一方で、「寒い」「広すぎる」というデメリットになりかねません。これをメリットに変えていくしかありません。

 寒冷地という側面では、スノーリゾートという概念をしっかり持たなければ、ロングステイの観光にはつながらないでしょう。

 30年のオリ・パラ開催を契機に、まちづくりの概念を盛り込みます。

 実は札幌に開拓使が置かれた1869年(明治2年)以降、北海道のまちづくりはきれいに流れてきているように感じています。これをとめてはなりません。30年を目標に将来を考えていこうと。オリ・パラの開催はまちづくりだと思っているんです。

 72年をみると、ハード面が中心のまちづくりでした。地下鉄の開業や高速道路の開通などがあげられます。今回はパラリンピックがありますよね。テーマは環境に優しい、人に優しいまちづくりで、これが大きなポイントです。

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パラ選手から学ぶ人としての基本

 橋本 IOCも開催都市にはゼロカーボンを重要視しています。

 勝木 大切な視点ですよね。日本の1次エネルギーにおける石油の割合が40%を切っています。しかし、北海道はそれより10ポイントほど高いんです。理由は暖房と物流コストが他地域と比べてかかってしまうからです。

 北海道は二酸化炭素の劣等生ですが、30年を目標に自然エネルギーや環境に優しいエネルギーにどう変えていけるのか。これは地元の力だけでは難しい。国家政策としてオリ・パラの力も借りて、早めに対策を打っていく必要があります。

 橋本 私は昨年の東京2020で感じたことがあります。自国開催という意味が、とても重要だということです。開催すれば盛り上がるし、本物をつくりあげるからこそ、誰もが感動してくださいます。

 選手がオリ・パラという目標を持って進んでいくと同時に、北海道と札幌市が将来のビジョンをしっかり示すことが大切です。

 勝木会長がおっしゃるように、明治からの流れの中で、いまの時代にあう形で発展していく。テーマは「持続可能な社会の実現」です。その転換点となるのが、30年だと思うんですね。目標を持つということは、人が育つということです。たとえば、子供たちは自分のまちにオリ・パラが来るとなると、国際的な分野で活躍したいと考えるかもしれません。また、自分たちのまちを誇りに思いたいと考えれば、まちを知る努力をするでしょう。

 その上で、どうしたら住みよいまちに変えることができるのか。それぞれの年代が、しっかりと考えます。そうした能力を発掘できるのは、オリ・パラの大きな力です。人を育てるし、まちを育てる。最後は国を育てて、新しい産業をもたらしていきます。

 勝木 橋本会長の人づくりという話ですが、私は全日本スキー連盟会長を仰せつかっています。競技本部を担当する元選手の役員、五輪を狙える現役選手たちの爽やかさ、純粋さといったら、ほれぼれしますよ。

 厳しい練習に耐えてきたからこそ、すばらしい人間になれます。競技系の選手から教育本部に移った指導員もいます。小さい頃から苦労を知っているから、子供たちに丁寧に指導できます。

 橋本 「多様性と調和」がオリ・パラの原点であるとすれば、いま、子供たちにパラリンピック教育をしています。ハード面だけではなく、心のバリアフリーも当たり前の時代が訪れるでしょう。パラ選手からは人としての基本、まちづくりの基本を学んでいます。

 勝木 パラの子供たちの頑張りを、多くの人たちが応援できる機会をつくる必要があります。当社の社員がパラの大会を見に行った時も、みんな感動していました。いまの若い人たちが、頑張っている姿を見て涙を流す。パラのオリンピアンが正々堂々と覚悟を持って出場してくれています。選手だけではなく、われわれ観客側の人づくりもあるんです。いろいろなことを教えてくれます。パラのみなさんを受け入れる北海道であってほしい。

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開催費の地元負担は未来への先行投資

 ――札幌オリ・パラ招致反対の意見として、市の財政負担があります。450億円の地元負担はどうみていますか。

 勝木 施設改修費800億円のうち、450億円が札幌市の負担です。市民1人に900円負担してください。1か月で換算すれば75円です。既存施設をそのままにしておけば、解体経費がかかるだけです。そうした施設の改修費と考えれば、この先50年間にわたり使えるじゃないかと。

 オリ・パラを開催しないからといって、老朽化した施設を壊したほうがいいのでしょうか。これはまちづくりにおいて、大切な改修費なんです。

 たとえば、図書館、美術館、公衆トイレが老朽化したから改修をしますよね。それに反対する人はいるでしょうか。心豊かな住みよいまちをつくるためには必要な施設なのです。

 橋本 東京大会でも感じたことですが、反対する人がいないと、自分自身も含めて成長しないですね。

 コロナの感染が拡大して、世論調査でも7、8割が開催反対になりました。しかし、もともと開催してほしいと考えていた人たちの中でも、コロナ対策の不安、不満のほこさきが、東京大会に向けられました。そうした逆風の中、どうしたら開催することを理解をしていただけるのか。その努力を組織委員会は惜しまなかったのです。

 誰もが住みやすいまちをつくるために、未来への先行投資です。それがなければ、人やモノも育ちません。この450億円という投資は必ず将来プラスの面で戻ってきます。

 勝木 橋本会長がナショナルトレーニングセンター設立までの経緯を話してくれるとき、技術レベルをあげるには医科学の力が必要だとおっしゃる。引退後、医学の道や用品メーカーの開発など、セカンドキャリアを歩む選手もいます。ぜひ、橋本先生には医科学の視点からオリ・パラの必要性を語っていただきたい。

国がスポーツ強化に消極的だった理由

 橋本 昔からスポーツ医科学の分野は重要視され、ものすごく発展しています。半世紀以上前からあります。

 私は高校1年の時、初めて世界遠征でヨーロッパに行きました。監督、コーチと選手だけです。しかし、スピードスケートが盛んなヨーロッパの各国は、料理人から医者、トレーナーが随行します。その遠征スタイルを見て衝撃を受けたと同時に、とても勝てないなと感じました。

 欧米のスポーツ先進国は、多額のお金をスポーツ医療や研究にかけて、選手を育成しています。東ベルリンに行った時にナショナルトレーニングセンターのすばらしさには圧倒されました。

 その一方、日本は国がスポーツ強化に予算を出すことに積極的ではありませんでした。プロ以外のスポーツは趣味の延長にあり、税金を投入すべきではない、という反対の声が多かったのです。よく「企業におんぶにだっこのスポーツ界」と言われたゆえんです。

 当時はオリンピックや世界大会があると、当時の文部省から派遣費をいただくだけでした。

 私がスポーツを強くするには、医学しかないと感じたのは、高校時代にカナダを訪れた時です。遠征先で持病のケアをしてもらおうと病院を訪れました。すると1人のアスリートに対して、何人もの医者が対応してくれたのです。それぞれの分野のスペシャリストがいて、今で言うチーム医療なんですよね。それが普通の地域医療と聞いてびっくりしました。

 どの病院に行っても、安心してスポーツ医療が受けられるんです。一般の患者にもなぜケガをしたのかをちゃんと調査をして、予防医療を徹底させ、次のスキームに移行します。自然と健康寿命が延伸される医療体制といえます。

 ――日本にナショナルトレーニングセンターができたのは、08年のことです。

 橋本 98年にスポーツ振興くじができました。その益金を活用して、スポーツ強化にお金が使われるようになってきました。ナショナルトレーニングセンターが誕生し、その隣接地にスポーツ医科学研究所をつくったのです。医科学の面から、選手のサポート体制を整えています。

 ――どのような研究がされているのですか。

 橋本 いまは、脳科学の分野が進んでいます。右脳、左脳、前頭葉を効率的に鍛え上げて、それにより冷静な判断ができるようになるための研究をしています。

 ほとんどの選手は運動を司る左脳にばかり刺激を与えて練習をしています。実はパラリピアンは左脳、右脳、前頭葉に同じ刺激を与えています。とくに司令塔の役割を果たす前頭葉の成長力が高いことが、研究で明らかになりました。パラリピアンを知ることで、日本のアスリートは、あれだけ世界で活躍できるようになったんです。

 これは究極の世界ですが、筋肉はどういう司令で動くのかという研究です。脳が疲労しなければ、筋肉から疲労物質(乳酸)がでてくるのが遅くなります。選手たちが毎日トレーニングするのは、脳が命令しなくても動くためです。骨は小さい頃の食事と運動によって、骨密度が決まります。小さい時に骨に刺激を与えなければ、健康寿命の延伸にはつながりません。みんなが運動する環境を整えないと、子供たちの将来にも影響してきます。

 勝木 競技団体には地域での動きも大切です。各地から出てきたオリンピアンは、その地域でみんなから助けられて、子供の頃からスキーやスケートを始めます。小中学校の大会で活躍して、全日本に選ばれ、ナショナルトレーニングセンターで医学を含めた指導を受けられます。

 これからは地域の子供たちも、論理的に指導していかなければなりません。昔の根性論だけでは難しいということです。育成の高度化が大切です。指導の現場に、医者も加わり、地域全体としてみていく必要があるのではないでしょうか。

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スポーツ医科学を地域医療に取り入れる

 橋本 スポーツ医科学は選手のためだけではありません。実は人間が生きるための基本を研究しているだけなんです。怪我をさせない、病気にならない体をどう作っていくのか。予防医療を中心とした研究をしています。いまの日本の医療システムでは、対症医療が主です。

 北海道には、札幌オリ・パラ招致を契機に、冬のナショナルトレーニングセンターの構想があります。実現のためには、地元の大学病院のバックアップは欠かせません。

 いかに地域医療の現場で、スポーツ医療に携わる医者が活躍できるのか。地域医療でも、スポーツ医療をどんどん施すことのできる医者が増えてほしいと願っています。

 そうなれば、誰もが当たり前に健康になれる。すこしでも健康寿命が延伸されることにつながっていくと思います。

 勝木 いま、医師、看護師不足に代表されるように、へき地の医療体制が問題になっています。

 実は地方都市のほうが、オリンピアンを多く輩出しています。それはまちぐるみで選手を育ててきたからです。人生100年時代といわれる中、スポーツの現場に医療の重要性が入ってくると、地域医療の考え方も変わります。

 橋本 札幌オリ・パラの開催は、地域医療にもプラスの影響がでてきます。東京大会もそうでしたが、すべての人が自己ベストを目指しましょうと取り組みます。よりよい社会をつくりあげるため、全員参加型のオリ・パラの仕組みを構築していきます。

 みんなが健康になるために、30年を掲げ、それを通過点に健康なまちにしていきたいと考えています。

 スポーツ医療に投資をすることで確実に健康寿命延伸につながれば、莫大な医療費、社会保障費削減にもつながります。

 勝木 オリ・パラと地域医療の関係性は、広くて深いテーマです。それを議論する大きなきっかけに札幌大会招致がなるのではないでしょうか。開催がゴールではないこと、自分の生活にも直結することを、道民のみなさんに伝えていきたいです。

(進行・前田)


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(勝木紀昭)1953年札幌市出身。北海道エネルギーホールディングス会長。札幌商工会議所副会頭や全日本・北海道・札幌のスキー連盟会長を務める
(橋本聖子)1964年旧早来町出身。スピードスケートや自転車競技で7度の五輪に出場。銅メダルも獲得。参院議員。東京2020組織委員会会長