神林謙一・札幌丸井三越社長「“札幌の暮らし”を自慢する丸井今井・札幌三越に」
新型コロナ禍が消費形態やライフスタイルの変化に拍車を掛け、閉店や撤退が加速する百貨店業界。大通地区で丸井今井・札幌三越の5館体制を堅持する札幌丸井三越にもその波は容赦なく押し寄せる。昨年4月着任の神林謙一社長に、生き残りの方策を聞いた。
初任地は社内で一番忙しい部署
――千葉県出身。
神林 生まれてから幼稚園くらいまでで、その後は親の仕事の都合でフィリピンへ。小学生時代のほとんどをそこで過ごしました。
――どんな生活を?
神林 月曜から金曜まではアメリカンスクールに通い、土日は補習として日本の文化を学んでいました。日本のプロ野球ではどこが強いとか、どのアイドルが人気なのかといった話です(笑)。帰国後に周囲の子とギャップが出ないようにと。おかげさまで、英語は身に付きましたね。
――伊勢丹入社のきっかけは。
神林 海外にかかわる仕事がしたいなと思いました。海外の文化を日本に持ってくるとか、その逆であるとか。総合商社や航空会社なども考えた中で、消費者の喜ぶ顔を見られる職業をというのが、伊勢丹を選んだ決め手でした。
――初任地と担当は。
神林 新宿店の婦人雑貨売り場です。婦人雑貨は毎日多くのお客さまが訪れますので、当時はその忙しさから社員に敬遠されるところがありました。新宿店の売り場は全社見渡しても恐らく一番忙しかったと思います。平熱で出勤したのに、帰るころには微熱が出るくらい(笑)。担当になった時は周囲に慰められた記憶があります。
6年ほど担当を務めましたが、そのうち3年はアシスタントバイヤーとして、10歳上の先輩のもとで商売の基礎からみっちりと学びました。ただ先輩は時間を気にせず働く方でしたので、一番辛い時期でもありましたが(笑)
売り場・外商のプロを育成
――婦人雑貨のほかにも、女性向け商品を扱う部署の経験が豊富だそうですね。
神林 バイヤーとしての初仕事は化粧品でした。着任当時、海外からのブランド参入が相次ぎ、バイヤー業務といっても新たなブランドを受け入れる受け身の仕事が中心でした。
そんな中、武藤信一社長(当時)より「もっと主体的に働きかける仕事に変えてこい」と言われ、着任しました。
それで考えたのが、当社で扱っている化粧品の全ブランドをECでも展開し、しかも手数料もしっかりもらう、というもの。半年くらいかけて全ブランドのトップに直談判しました。当初は相手にされず大変でしたが、後に「イセタン ミラー」という化粧品のセレクトショップを展開する際に比較的スムーズに始めることができたのは、そういった経緯を含めて評価いただいたからなのかなと。
――海外高級ブランドを扱う特選部門にも在任されていました。
神林 特選部門が花形となった時期で、実際売り上げは伸びていました。でも著名ブランドですから、基本的には取引先やテナントの方々におまかせするわけです。
では自分たちは何をすればいいのかと考えた時に、売り場のスタッフに対し、時計や宝飾売り場の“プロ”になろうという号令をかけました。「レンジャー部隊」と命名したのですが(笑)、何でも知っていて売れるプロを育てていこうと考えたわけです。
同じタイミングで手がけたのが外商の強化。駅ビルやファッションビルと百貨店の違いは外商の有無。当社の外商に用意できないものはなく、実際そうですから、お客さまにも「できないことはありません」と言えるようになっておこうということです。
顧客から名指しで「この商品がほしい」という要望に応えるだけでは、二流ではないかと思います。それが世の中にいくつもない場合、難しい時もありますから。それより「なぜそれがほしいのか」を聞き取っていくと、実は代わりになるものやもっと必要なものが出てくるはず。なぜほしいのか、本当に必要なものを紐解ける外商になりなさいということです。
こうした取り組みは、現在、札幌丸井三越で取り組んでいることにもつながっています。
丸井今井・札幌三越の顧客を再設定
――札幌丸井三越社長としてのミッションは。
神林 将来の札幌における成長戦略を描き、着手すること。その上で、財務上は赤字が続いていますから、黒字転換することも使命と考えています。
――札幌の印象は。
神林 市場としてのポテンシャルを感じています。近隣に豊かな自然がある一方で、経済活動のレベルは高い。そういった意味で、当社は札幌に住む方々の要望に応え切れていない部分があると思います。
以前、共同仕入れの部署にいたころにハンドバッグを担当していた際「札幌は雪が降るから、上部にファスナーのないものは売れない」という話を聞いたことがありました。雪深いので「靴も良いものはあまり売れない」といった話もあった。でも、自分はそうは思いません。
――売る側が決めつけているところがある。
神林 単純にご紹介をしていないから、買われていないのではないかと。昨年11月に、ある催事でイタリアのブランドでピンヒールの靴を持ち込んだら「これから冬なので売れないと思います」と言われたんです。でもその催事の1週間で、数百万円分もお買い上げいただきました。
それだけ、こういった靴を“待っていた”方々がいらっしゃったということ。一定以上の経済活動のボリュームがあり、名だたる大企業の支社や支店があって、家族とともに来られている方もいる。でも冬用の靴しか売っていない状況だったのではないか。そう考えると、これまでと違う消費活動の提案、暮らしについての提案ができるはずです。
――丸井今井と札幌三越の統合から10年あまりが経過しました。
神林 あらためて丸井今井、札幌三越の良さを磨こうということで、両店の対象顧客を札幌三越は本物の文化を採り入れ、丁寧な生活を目指す若々しいミドル、丸井今井は生活に新しさを採り入れる事で豊かになるエグゼクティブ、とそれぞれ設定しました。
ではそれぞれ望むものは何かと考える中で、家電やリビング用品など、取り扱いを止めたり縮小したものも改めて品ぞろえしていく。コロナ禍の行動制限などで来店頻度が高くない状況でも、生活の中で必要なもの、ほしいものをお買い求めいただけると考えています。
人の介在で顧客満足度を高める
――札幌駅前では今後、大規模な再開発が予定されています。所有不動産の利活用や再開発の可能性は。
神林 正直に言えば、ゼロベースです。新型コロナウイルスのまん延がなければ、当社の持つリモデルや再開発のパッケージを生かしたプランが進んでいたかも知れません。
リアル店舗の良さとして触れる、試着できるといったことがありますが、これがコロナ禍によるDX、あるいは仮想空間で少しずつ実現していくような世の中になり、リアルの位置付けが変わってくるかもしれない。その意味からも、いま具体的なお話ができる状況にはありません。
ただ、われわれには駅前の商業施設とは別の役割があると考えています。中計では、高感度で上質な消費をしたい顧客層に、その体験をどう提供するかを戦略として考えています。その中には、人が介在する部分は多くあるはず。恐らく、当社と競合する新規参入者は売り場や人を抱えた経営はしないと思いますが、われわれには人材と売り場がある。この資産を生かせば、満足度を高めることができるはずです。
――人手不足の折、人材を抱えていること自体がアドバンテージになり得る。
神林 最後は人がカギを握ります。だからこそ、従業員をそれぞれのプロにしていきたい。着任後、全従業員1070人に「私の自慢は何か」というアンケートを取りました。
たとえばポスターをつくれるという人には、各店の入り口に貼る掲示物を書いてもらいましたし、お酒が好きという人には酒売り場やおつまみの品ぞろえをチェックしてもらいました。「お買い場磨き上げプロジェクト」といいますが、従業員の得意分野を経営に生かす取り組みで、すでに成果も出ています。
それと、紳士服売り場でコスメのフロアを拡大しました。ヘアケアやスキンケアなど「男を格好良くする」ための商品を自主編集でそろえましたが、そこに配置するスタッフはつまり「男を格好良くする」プロということになります。
リビング用品なら眠りのプロとして、マットレスやフレグランス、照明、音といったことも全部まかせて安心、というプロを育てていきます。
――ソフト面で札幌駅前に対抗していく。
神林 札幌駅前の光景は、札幌固有のものではなく、たとえば名古屋駅でも同じようになされているわけです。でもわれわれの店がある大通地区は、公園があって路面電車があって狸小路があるという、札幌にしかない光景です。
それを見た方が丸井今井や札幌三越に来ると、札幌の人の暮らしがわかるようにする。さらにいえば、訪れた方が「札幌の人はこういう暮らしができていいな」とうらやましく思えるようにしたい。歴史ある企業の財産を受け継いでいるわれわれだからこそ、札幌の暮らし、そこに住む人の暮らしを自慢する店にしていきたいと思います。
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