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2022年

鈴井貴之オフィスキュー会長が語る“60代、変革の予感”

鈴井貴之 オフィスキュー会長

 鈴井貴之氏が脚本・演出を手がける新作舞台が2月に上演される。2022年は自ら北海道にエンタメの火を灯した「クリエイティブオフィスキュー」が創業30周年、自身も還暦の節目を迎える中、現在の心境を聞いた。(21年12月10日取材)

コロナで人が分散すれば地方に活気

 ――「創作活動は酒の席から生まれる」と以前に伺いました。宴席を囲むことが難しい時期が続いた中、どのような生活を?

 鈴井 僕自身は赤平市に住んでいますが、生活はさほど変わらなかったんです。もともと1人で森の中にいますからね(笑)

 土いじりであったり、外で作業をしたり。昼間にそんなことをしながら考えて、夜にパソコンでメモ書きをしてという生活です。

 ――赤平への移住から約10年が経ちましたが、時代が追いついてきた。

 鈴井 倉本聰さんを始め、もっと前に地方へ移住された方がいらっしゃるので、僕が先駆けというわけではありませんが、状況は変わりましたね。リモートが普及して、出社しないで仕事ができることに気付き、地方に移住する若い人が出てきて。一極集中から地方にリソースが分散して、地方で面白い動きが出てくればいいですし、コロナ禍で数少ない良かったことだと思いますね。

 都会では同業の方々とばかり仕事をすることが多いですが、地方にはあまりいませんので、視野が広がります。家の周りにクマが出るかもしれないので、日が暮れたら外に出られない。そういう意味で、刺激もたくさんあります(笑)

 ――その中で、ご自身のプロジェクト「OOPARTS(オーパーツ)」による第6回作品「D‒river」が、今年2月から上演されます。約2年半ぶりの新作舞台ですね。

 鈴井 赤平で生活していると、自動車って必要不可欠なんですよ。僕は札幌との往復も多く、高速道路を長時間運転することも日常的です。

 特に田舎だと高齢者の危うい運転が気になったりもしますが、自分自身も年をとっていって、10年後には頻繁に運転して札幌まで往来できるのかと心配になります。

 でも自動運転の開発が進んでいて、10年後は自分でハンドルを握らず乗っているだけで移動できる世の中が来るんじゃないかなぁ、と楽観視をしている自分もいる。僕にとっては便利になっていいことだけれども、バスやタクシー、トラックの運転手さんは商売あがったりになるんじゃないかとも思うわけです。

 より安全になっていけば自動車整備工場もそうですし、免許証がいらなくなれば自動車教習所もいらない。自動車保険もいらなくなる可能性が出てくるわけです。

 ――産業や雇用に与える影響は大きいですね。

 鈴井 一方、携帯電話やスマートフォンがこの10年くらいですごく進歩したことを考えると、実は自動運転開発というものは既に完成しているのではないか?本当はもうできるけど、僕があげた諸問題があるから、アシスト機能程度でとどめているのではないか、と。

 自動運転はもう確立していて、技術を開発した人たちは世に出したい、でもメーカーの人たちはまだ待ってくれという“裏工作”がある――といった物語はどうか、と考えていったのがこの舞台制作の発端です。

©財界さっぽろ

同年代同士で中学生に戻ったように

 ――渡辺いっけいさん、温水洋一さん、田中要次さんなど出演者は鈴井さんと同世代の方ばかりですね。

 鈴井 たくさんの実績、経験を積まれた方々ですが、その上で今回は以前一緒に仕事をした俳優さんを中心にキャスティングさせていただきました。

 というのも「初めまして」という方と仕事をする際は、いい意味でも悪い意味でも「探り合い」の時間が生まれます。演出する際に「ここまでやってくれるかな」とか「これ以上は無理かな」というような。俳優さん側も同じく探り合う時間があるでしょうし、その時間がもったいないと思うんです。

 出演者には当社所属の若手・舟木健(NORD)もいますが、彼以外は僕も含めてみんな中年男性。映画やドラマでは父親役をやるような方たちですが、今回はそんな俳優さんがメーンを張ってバカをやっている姿を見せられたら、お客さんも笑ってくれるだろうと思って。

 ――同世代の和気藹々とした感じを作品でも出していく。

 鈴井 渡辺さんが以前の作品に出てくださった時に「オーパーツはいい意味で“青臭い”」と話してくれたことがあって。渡辺さんも大学時代に演劇を始められたそうですが、そのころの情熱を取り戻したような気持ちになった、とおっしゃっていました。

 今回は50代、同年代の男性ばかりが集まって青臭くやろうぜっていう思いが強いです。そのころの僕らが何を話していたかといえば、中学生の話すことと変わらないので(笑)。僕らは今回、中学生に戻って稽古から楽しくやれると思います。

©財界さっぽろ

これからも北海道から発信していく

 ――オーパーツというプロジェクトの今後は。

 鈴井 結果的に演劇ばかりやってきましたが、立ち上げ当初は「僕が新しく立ちあげる」というもので、舞台に限っていませんでした。最近、カフェでもやりたいなと思っているので、オーパーツでやるかもしれません(笑)

 ちなみに、僕は正式には何も話していませんが、周囲には「舞台をやるのはこれで最後じゃないか」なんて言っている人もいて(笑)

 実際、前作(2019年上演「リ・リ・リストラ〜仁義ある戦い・ハンバーガー代理戦争」)の際、体力的にキツかったのもあって、その打ち上げで「これが最後かな」とは言いましたからね。

 ――その中で生まれたのが今回の作品。

 鈴井 舞台はもういいかな、と思っていたのは事実ですし、コロナという状況もあった。構想に10年ほどかけた映像作品の制作が諸事情でできなくなったとか、実現できないことも多くて「赤平の森に帰ります」と言って犬と一緒にフテって過ごすみたいなこともありました(笑)

 だからスタートダッシュは非常に遅かったんですけど、実はここ1カ月くらい、すごくモチベーションが上がっていて。

 キャストが正式に決まって、何回も脚本を書き直す間にだんだん良くなって理想に近づいてきた。でき上がってきた美術や音楽も僕のイメージに合っていて、僕自身の構想やアイデアも良くなっている。今回はキャストだけでなくスタッフも全員知っている人たちですから「分かってくれている」人たちと、一緒にできる。そういうことがモチベーションを上げてくれているんでしょう、今は〝ゾーン〟に入っている感じです(笑)

 ――22年に「クリエイティブオフィスキュー」は創業30周年を迎えます。

 鈴井 当初は北海道でエンターテインメントや芸能プロダクションなんて「無謀だ」「無理だ」と言った方もいましたが「TEAM NACS」の大泉洋や安田顕といった、映画やドラマで主演を張れるタレントが出てきて、北海道の事務所に所属しながら活躍するようになりました。

 道内でもオクラホマや小橋亜樹が北海道ローカルの媒体に認識していただき、レギュラー番組を持っています。無理だと思う方より応援して下さる方のほうが絶対数として多かった。時間はかかりましたが、認めていただけるようになったということは、正直感慨深いです。

 まだまだ小さい炎ですから、大きくしていくには道内の各企業さん、個人で応援してくださるみなさまのご尽力をいただかないといけないと思います。

 ――30周年を迎えても北海道から発信していく姿勢は変わらない。

 鈴井 北海道で育てていただいたという意識を強く持っていますから、今後も北海道からエンターテインメントを発信し続けていきます。

 リモートで地方に分散する時代ですから、北海道を含めその地域の特色や土壌を確立させていけば、多様性のあるものが生まれてくるはず。

 東京や大阪に出なくてもいろいろなものがつくれるということを地方の人たちに感じてほしいし、それを実践、実証し続けるのが北海道であるべきだと思います。当社も含め、さまざまな人と手を取り合って協力を仰いで実現できるもの。「北海道の人とともに」ということを今後も継続していきます。

 ――22年はご自身も還暦を迎えます。以前のインタビューで「9のつく年齢に節目が訪れる」と話していましたが、59歳の今、それを感じることは。

 鈴井 リアルタイムで何か感じるか、ということではなくて後々考えたら9のつく年だった、ということなんですよ。

 ただ、予感はあります。60代は今までとは違う路線にいくのかなというね。2、3年後に思い返してみると、やはり「9の年」に考えていたことでこうなったんだなと感じると思います。


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