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2021年

“ドクター寳金”が目指す北大の再生と発展

寶金清博 北海道大学総長

 昨年10月、北海道大学の第20代総長が誕生した。新総長は札幌市出身の北大プロパーで、研究者として医者として実績を残してきた外科医・寳金清博氏。大学運営の厳しさが増す中、“ドクター寳金”はどのような改革のメスを入れるのか。

©財界さっぽろ

東北大学学長は札幌南高の同級生

 ――大学のHPに連載されている「総長コラム」を拝見しました。おもしろいですね。

 寳金 ありがとうございます。エッセイ形式の文章を載せようと思ったのは、大学の現状をより多くの人に向け、発信したいと考えたからです。堅苦しく書いても誰にも読んでもらえませんので、やわらかい文章にしています。

 大学の問題は実は、大学だけの内輪の話ではありません。大学は教育・研究の分野を通じて国、地域の発展と密接に関係しています。ですから、より多くの人に北大に関心を持っていただきたいという思いで始めました。

 ――初めてお会いしたのは数年前、ダクタリ動物病院の創始者・加藤元(北大獣医学部卒)さんらが北大の学術交流会館で開催した学術大会でした。

 寳金 ズービキティ(人獣共通医療)がテーマの大会ですね。日本では、この考え方はまだあまり普及していないのですが、動物の病気と人間の病気は似ている部分があるのです。北大では獣医学研究院、医学研究院が連携して取り組んでいます。

 ――その時の講演でも犬や馬が好きといったプライベートの話題を入れながら、やわらかく話をされていた記憶があります。

 寳金 犬が大好きで、この総長室でも“総長犬”を飼いたいぐらいですが、事務方からきっぱりとダメです、と言われましたよ(笑)

 馬が好きなのは子どもの頃の環境の影響があります。桑園の競馬場の近くに住んでいました。

 当時の札幌競馬場では、レースを開催していない時は、子どもでも自由に入って遊べました。おおらかな時代でした。厩務員の息子が遊び仲間におり、競走馬を間近で見せてもらったこともありました。

 ――今年の元旦の読売新聞で、東北大学の大野英男学長と対談をされていました。札幌南高校のクラスメート(1973年卒)なんですね。

 寳金 大野先生とは長い付き合いで、彼が東京大学に進学した後も私は上京した折に会っていました。大野先生は東大工学部に進み、私は北大で医学の道を。分野は違いますが、振り返ると、彼から触発された部分もあったと思います。

 大野先生はノーベル賞候補と言われているほどの優れた研究者で、北大でも10数年、教員をされていた時期があります。その後、東北大学に移り、3年前に学長に就任されました。

 ――帝国大学の時代、北大は東北大学の分校のような時がありました。いわば両大学は親戚同士。そのトップがくしくも札幌南の同級生。不思議な縁です。

 寳金 南高の1つ下の学年には、東海大学の学長をされている山田清志先生がいらっしゃいます。

 ――医学を志した理由を教えてください。読売新聞の対談では「札幌で国内初の心臓移植手術がおこなわれ、刺激を受けた」と話されていました。

 寳金 それもありますし、小学生時代の同級生2人のそれぞれの父親が外科医で、お二人からかわいがられ、さまざまなことを教えていただきました。

 師弟関係のような…はたから見ると、父と息子のような関係に見えるぐらいでした。そうした関係はずっと続き、医学生としての病院研修の時も、お二人がいらっしゃるそれぞれの病院で学びました。

 このお二人の存在が、外科医を志すバックグラウンドとしてあります。

 ――脳神経外科医になられ、2013年に国際的な美原賞を受賞されています。

 寳金 美原賞は内科も含めた脳卒中の研究者を対象にしており、歴代の受賞者には外国の方もいらっしゃいます。賞金は1000万円。全額を北大に研究費用として寄付しました。妻から当時、なぜ寄付なの?と言われたのを覚えていますよ(笑)

 ――脳梗塞の再生医療プロジェクトにもかかわったと聞きました。

 寳金 若い研究者たちが推進をしており、私は資金集めの協力など、後方支援をしました。簡単に言うと、患者の幹細胞を採取・培養し、脳梗塞を起こした部位に投与する治療法です。すでに北大発認定ベンチャーとして起業され、私も株主の1人です。

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財政改善を果たして教育・研究を高める

 ――研究者、医者としての道を歩む中、昨年秋の総長選考に手をあげようと思ったのはなぜですか。

 寳金 北大病院の病院長の任期が終わり、札幌のある民間病院の院長に就きました。その時は北大に戻ってくる気持ちはまったくありませんでした。

 ところが、北大の状況が良くないという話が次第に聞こえてきました。そんな中、危機感を抱かれた方々から、あなたが総長になるべきではとの声をいただき、背中を押され、決断をしました。

 ――総長選考の時に「再生」と「発展」を掲げました。まず現状をどうとらえていますか。

 寳金 候補者として手をあげた時からある程度は想定をしていたものの、総長に就任後、具体的な各種数字・指標、それから文部科学省やさまざまな評価組織からのご指摘に耳を傾けると、やはり厳しいものがあります。

 ――国からの運営費交付金が前年度と比べると約4億円も減らされました。

 寳金 総長が不在の時期に生じたプロジェクトの遅れなどが、厳しい評価につながっているとは思います。しかし、それだけが減った理由ではありません。運営費交付金は近年、全体として減額傾向が続いています。

 北大全体の運営費交付金は400億円規模ですから減額幅は約1%に該当します。大学に裁量的要素がある予算が減った影響は小さくはありません。

 ――では「再生」と「発展」について教えてください。

 寳金 総長不在の期間は活動が少し低迷していたわけです。逆に言うと、まだまだやれることがたくさんあるということ。

 昨年12月に未来戦略本部を立ち上げました。そこでは学外有識者の意見も取り入れ、本学が取り組むべき課題に柔軟かつ機動的に対応していきます。例えば、大学の保有財産の活用もその1つ。いまの大学運営のネックになっているのは財政ですから。

 その一方で、単にお金を稼ぐだけの大学になってはいけないと考えています。 やはり大学の本質は教育と研究。その教育・研究に必要なお金を稼ぐのであって、資金獲得が目的化してはいけません。

 財政改善を成し遂げ、北大が本来持っている教育と研究のレベルアップにつなげていきます。

 外部資金の獲得についても、産学連携をさらに強めていきたいです。

 使える資金に上限はありますが、重要な部分にはきちんとリソースを投入していかなければなりません。すでに産学連携を担当する要員を増やしました。

 産学連携の推進によって大学が関係する知的財産の量も必然的に増えていきます。それは大学の評価の向上にもなります。

 ――産学連携の推進は、総長選考時に掲げた「指定国立大学法人」にもつながるということですか。

 寳金 そうです、直結します。北大が指定国立大学法人の申請要件で満たしていないのは「特許権実施等収入」などの「社会との連携」の部分だけですから。

 ――遊休不動産の活用方針について教えてください。

 寳金 分かりやすく話しますと、遊休地にマンションを建てればいいというわけではありません。原則として教育・研究に資する活用法であるべきでしょう。

 例えば最近のケースでは、東京工業大学が田町地区の保有地を民間事業者の手によって再開発し、産業・研究拠点整備を進めています。

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SDGs評価で北大は国内大学のトップ

 ――地域との連携についてもうかがいたい。

 寳金 歴代の総長が地域連携に心を砕かれ、取り組まれてきました。さらにもう一歩踏み込み、きめ細かく、高い次元で地域連携を強化していきたいです。

 冒頭の話題に出たコラムには、私はこういう人間でこう考えています、ということを発信する狙いもあるのです。やはり、どういう人が北大のトップをしているのかを知ってもらってこそ、初めてがっちりと手を組めるものだと思います。

 ――北大の目指す方向性は。

 寳金 クラーク先生の言われたアンビシャス精神は「think globaly, act localy」だと私は理解しています。地元で暮らしながら世界の事を考え、地元のために活動し、機会があれば世界に向かう。

 これはまさに、いまのSDGsの精神です。SDGsはとてもよく考え抜かれた目標で、大学としても積極的に取り組むべきです。

 実は、世界の大学ランキングなどで知られるタイムズ・ハイヤー・エデュケーションの昨年の発表で、北大はSDGsの評価が国内トップになりました。北大は歴史的にSDGsに沿う研究を積み重ね、エコロジカルなキャンパス運営もしてきたという評価だと思います。

 北大の今後の「発展」の大きなキーワードはSDGsだと考えています。

 ――個別の話になります。さまざまな課題があり、委託先がなかなか決まらない敷地内調剤薬局問題については。

 寳金 重要な点は、北大病院を利用される患者さんや病院現場などのステークホルダーの視点です。もう1点が、大学運営におけるアセットマネジメントの部分です。

 この2つの考え方を軸に運営事業候補者を追加選定したところです。優れた知見をできるだけ広く取り入れて事業計画を決定していきたいです。

 ――前総長が、自身の解任決定は不当だとして、国と北大を相手取って裁判を起こしています。

 寳金 係争中ですし、個別の案件については回答を差し控えます。

 ただ、お伝えしたいのは、この件は北大にとって非常に大きな案件であることです。一連の問題で北大は社会的な信用の面でも損失を受けましたが、むしろこの問題を契機に、良い意味での内部統制をしっかりさせ、他大学の模範となるような北大にしていきたいと考えています。

 ――最後に2026年に北大が創基150年を迎えることについて一言、お願いします。

 寳金 北大ブランドをさらに高める良いチャンスだと思っています。創基150年を機に同窓生の結びつき、ネットワークもさらに強めていきたいですね。

 150年事業の担当チームは発足したばかりですから、まだ具体的にどのような記念事業を展開するかは決まってはいません。個人的には新しい建物などを造るのではなく、なんらかのビジョンを打ち出せればとは思っています。具体化した時点で、みなさまに伝えていきたいと考えています。


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