「自分の地域を知り、 世界を知る。 そして未来を考える“よすが”になる」
北日本初の国立博物館が今年、胆振管内白老町の「ウポポイ(民族共生象徴空間)」に誕生する。「祈りの空間に施設ができることは意義深い」と語る東京国立博物館の銭谷眞美館長に、博物館の魅力と果たすべき役割を聞いた。
国立と自治体の博物館の連携を強化
――今年、北海道に初めて国立の博物館が誕生するわけですが、そもそも「博物館」とは、どのような施設なのでしょうか。
銭谷 人類の足跡をたどる資料を収集して、それを一般の人にご覧いただき、一緒にわれわれはどのように歩んできたのかをたどり、未来を考えるよすがになる。大げさに言うと、そういう施設です。
美術館を含め、国立と名のつく博物館はいくつかのグループがあって、ひとつは私どものグループである国立文化財機構に属する施設です。これは東京と京都、奈良、福岡にあります。
例えば東京国立博物館では石器時代から近代の絵画、彫刻、書跡、工芸品など、日本の文化財を中心に集め、調査研究、修理、展示といった活動をおこなっています。それぞれの分野ごとに担当の学芸員がおり、いまだ謎の人物である写楽について研究したり、あるいは東寺や高野山にある空海ゆかりの品々を調べたり、日本やアジアの美術品や歴史について専門的な調査研究をおこなっています。
作品の修復にはCTスキャンやレントゲンなども取り入れており、それが新たな発見につながることもあります。
――地域にはどのような貢献をしていますか。
銭谷 私は日本にもっと国立の博物館があってもよかったと考えています。大学に比べて、博物館と美術館は残念ながら全国各地域に国立があるわけではありません。
その一方で、戦後は各自治体が地域に根ざした博物館をつくってきました。いまはほとんどの都道府県が博物館、あるいは美術館を持っています。大事なことは、国立の博物館と各自治体の博物館との連携・協力です。
ところで、博物館資料には大きく分けて2種類あります。一つは「伝世品」です。これは寺や家などに代々伝わってきたもの。これは日本の場合、他国に比べて非常に多いと思います。
もうひとつが「考古遺物」で、これは古墳や城跡などから出てきた発掘品です。昔の時代のものがそのまま残っていたということですから、それは大変な価値があります。
この伝世品と考古遺物、それぞれについて研究しているわけですが、そのためにはやはりきちんと保管しなければなりません。国立の博物館には日本各地の伝世品や考古遺物がかなり多くあります。
そこでいま私どもが取り組んでいるのは、貸与促進事業というものです。例えば、東博にある県のゆかりの品があれば、そこの県の博物館でそれを見ていただけるように貸し出す。すると展示にも厚みが出ます。
最新の映像技術導入で親しみが増す
――東博には昨年、約250万人も来館したそうですね。
銭谷 新型コロナウイルスの影響でいまは来られる状況ではありませんが、近年は外国からの来館者が非常に多くなっています。東博は、日本の文化、伝統、歴史を理解してもらう窓口になり得るし、そうなりたいと努めてきました。各都道府県でもそれぞれの地域を知ってもらう、いいよすがになるのが博物館なのではないかと思っています。
20年以上前のことですが、1カ月間ほどアメリカを旅したことがあります。さまざまなところを訪ねていくと、アメリカの街には必ず1番地域のいい場所に公園があり、その中に博物館、美術館があります。それが街の人にとって誇りなんですね。必ずそこに案内してくれます。
アメリカだけではなく、中国や韓国もそうです。いまこの2国は立派な博物館を各地につくっています。
中国であれば、省ごとに施設があります。国立も天安門広場のすぐ前に「中国国家博物館」があります。世界でも有数の広さと、来館者数を誇っています。やはりどの国でも、自国の文化や伝統、歴史、そういうものをしっかり記録し、紹介したいという思いが強いのだと感じています。
つまり博物館とは文化施設でもあり、観光施設でもあるということです。さらには地域の産業振興や、教育にかかわる施設でもあります。昨年9月に京都でICOM(国際博物館会議)の3年に1度の大会がおこなわれましたが、そのときのテーマは「文化のハブとしての博物館」というものでした。まさに私どもの施設にピッタリの言葉であると考えています。
――近年は作品の見せ方もすごくユニークなものに変化していると感じています。このことも来館者増につながっているのではないですか。
銭谷 おもしろい展示にするためには、投資も必要です。国の支援もあり、多言語化や夜間開館を進めたり、おかげさまで投資をした分、来館者は増えています。それだけに、早く新型コロナウイルスが終息してまたお客さまにご来館いただきたいと願っています。
――館長オススメの博物館の楽しみ方を教えてください。
銭谷 博物館の展示には常設展と特別展があります。基本的に館が持っている、あるいはお預かりしている作品を、テーマや時代別に展示するのが常設展です。
もうひとつの特別展はひとつのテーマを掲げ、作品をさまざまなところからお借りするなどして実施します。例えば縄文展や空海の展覧会、外国の美術館の所蔵品を借りてご覧いただくといったものがそうです。
私はまず、常設展を楽しんでいただきたいと考えています。
東博の場合は総合文化展と称していますが、多彩で豊富な展示ですので、来館者ご自身でテーマを設定してこられると、より楽しめるかもしれません。
特に東博でオススメなのが、アジアの文化財です。日本だけではなく、世界の品々にも触れていただきたいです。
私も昼休みになると、今日は東洋館を歩いてみようかと思いつくままに行ってみたり、また次の日には法隆寺宝物館を見ようかなと向かってみたりしています。展示替えもしていますので、何カ月かたつといままで見たことがない作品に出会えることもあります。
――東博では最新の映像技術も取り入れています。その効果は。
銭谷 博物館全体で最新の映像技術を取り入れていく流れはどんどん加速していくでしょう。
例えば東博はVRシアターを持っています。私が本当におもしろいなと思ったのは、舟木本の名で親しまれている国宝「洛中洛外図屏風」のVR作品です。
肉眼ではよく見えなかった部分が、VRだと大きく拡大して鮮明に見られます。さらに、描かれている人たちに動きを与えたりすることもできて、すごく没頭して楽しむことができます。
作品というのは年間に展示できる日数が限られています。模造品を高精細画像でつくれば、いつでも見ていただくことができるようになるし、今後は8K映像を用いた展示も広げていく予定です。
このように、最新の映像技術はこれからさらに多くの博物館で活用されていくでしょう。来館者のみなさまもいままで以上に多彩な見方で作品に親しめるようになるのではないかなと考えています。
先住民族の祈りの空間に博物館
――この先の博物館のあり方をどう考えていますか。
銭谷 自分の地域を知り、世界を知る。あるいは将来を考える場所としての機能を果たしていきながら、文化のハブとして、地域づくりにも貢献できる施設になっていくべきでしょう。
――ウポポイ(民族共生象徴空間)の中に開設される国立アイヌ民族博物館にはどのような印象をお持ちですか。
銭谷 ウポポイという、アイヌに触れる祈りの空間の中に博物館をつくっていただいたことは、すごくいいことだと感じています。先住民族であるアイヌの文化をこれだけ尊重してつくった施設は初めてではないでしょうか。ぜひ国民、そして道民のみなさまに歓迎される施設になっていただくことを願っています。
先日、国立アイヌ民族博物館館長に就任した佐々木史郎さんは北方の文化のスペシャリストです。佐々木さんが長く務めていらっしゃった大阪の国立民族学博物館は民博と略されますが、世界でも珍しい大変ユニークな博物館であり、いまは各国も同じような施設をつくりはじめています。
私どもの文化財機構に属している国立博物館は東博以外、すべて西にあります。とにかく北海道・東北に国立博物館ができたというのは、私自身、東北人としてとてもうれしい感じがします。実は東北にも北海道と同じように、アイヌ語由来の地名が随分とあります。
また、ウポポイができる白老町は昔からさまざまなアイヌに関する展示をしていましたから、私も修学旅行や家族旅行で何度か伺ったこともあります。いい場所に国立博物館ができたと思っています。
――東北と北海道と言えば、世界遺産登録を目指している「縄文」というつながりもありますね。
銭谷 私ども東博でも2018年に「縄文」をテーマにした展覧会を開きました。本当にたくさんの人にお越しいただきました。
振り返れば北海道洞爺湖サミットで各国首脳に北海道の国宝である「中空土偶」をご覧いただいたことは、今でもよく覚えています。
土器や土偶のようなものはあの時代、世界中で同時多発的につくられていたと思います。ただ、その中でも火焔型土器や土偶といった日本の縄文の発掘品は、美術的に見ても大変価値の高いものがたくさん残っていると言えるのではないでしょうか。
そうした素晴らしい作品を生み出した北海道・北東北の縄文遺跡群が世界遺産の登録を目指しています。
現在は国際記念物遺跡会議による審査がおこなわれているところだと認識していますが、私の地元である秋田県の「大湯の環状列石」も遺跡群の仲間に入れていただいています。さらにもうひとつ、「伊勢堂岱遺跡」も含んでいただいております。ぜひ登録されてほしいと個人的には思っています。
……この続きは本誌財界さっぽろ2020年5月号でお楽しみください。
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