【斉藤こずゑのファイターズじゃないと♡】池田剛基氏
高校生指導で足寄町を元気に
恩師の言葉は「教え込まないように」
池田 はるばる足寄町までお越しいただき、ありがとうございます。
斉藤 札幌から車で3時間くらいでした。シーズンオフはファイターズOBに話を聞いていきます。池田(剛基)さんは球団を退職し、今年4月から足寄の教育委員会で任期付き職員として働いています。その経緯を教えてください。
池田 ファイターズと足寄町は2017年3月、パートナー協定を結びました。その協定に基づき、人材派遣事業の一環としてということになります。
斉藤 現役引退後はながらくベースボールアカデミーのコーチをしていました。
池田 21歳のときから昨年の33歳まで携わっていました。ファイターズでの現役時代は3年間でしたが、とても濃いものでした。
斉藤 その前の鵡川高校時代も濃かったでしょう?
池田 はい。恩師の佐藤成富先生にいろいろ教わりました。ただ、先生が言っていた通り、野球の技術論はあまり覚えていなくて。
斉藤 え!?そうなんですか?
池田 佐藤先生からは「人間がぴしっとしていないと、生活がきちんとできていないと、技術は身につかないし、野球はうまくならないんだぞ」と、いつも言われていました。いま振り返っても、高校時代が人としての土台になっていると感じています。
斉藤 現在は教育委員会で生涯学習室主査として働く一方で、足寄高校野球部の指導もしています。野球部は何人いるんですか?
池田 7人です。大会のときは、よその部から助っ人を借りてきているというのが現状です。
斉藤 それでも、指導するようになって、実力が上がっているようですね。
池田 少しずつではありますが、教えたいことが伝わってきているという実感はあります。将来的に、チームが全道大会に行った、あわよくば甲子園に行った、何なら教え子がプロ野球選手になったとか――そういうことを見据えてやっていきたいと思っています。
斉藤 夢は広がりますね。
池田 どれも可能性がありますからね!
斉藤 高校生への指導は初めてだと思いますが、これまでアカデミーのコーチとして、小学生、中学生を中心に担当していました。あらゆる年代の子を指導していますね。
池田 指導方針については、恩師の佐藤先生からアカデミーの仕事に就く前に、「お前ぐらいの者が、熱心になって教えれば教えるほど、お前ぐらいの選手にしか育たない。だから、何でもかんでも、とにかく教えればいいというものではない」と言われたのが、いまも頭に残っています。
(構成・竹内)
……この続きは本誌財界さっぽろ2018年12月号(11月15日発売)でお楽しみください。